FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

はじめに

タルパや潜在意識などについて、思ったことを書いていくブログ。
8割くらいは普通の日記、残りの2割がタルパ関連になりそう。

【ブログ主】
趣味は読書と料理と美容。綺麗なお兄さん(になりたい)。


スポンサーサイト

タルパのA

モニターの向こうにいるタルパは、僕のダイブ界にいるタルパとは、また別のタルパのようだ。名前をここではAとしておく。
Aは僕のことを「兄さん」と呼ぶ。僕より年下なのだと推測できるが、本当にそうかは分からない。もしかすると、単にそう呼びたいから呼んでいるだけかもしれない。しかし、そう呼ばれると、お兄さんとしてカッコよくて頼りになるところを見せたい気持ちになってくる。
Aと話してるうちに眠くなってきたので、一旦ベッドで一休みすることにした。
「あっ、ダメだよ」
Aは言った。
「兄さんはそれをすると、朝まで寝てしまうから」
「大丈夫。兄さんは寝落ちなんてしないから」
ドヤ顔でそう返した僕だが、数分後には意識がなくなり、気がついたら朝の4時だった。
途中でAが「起きて」と呼んでいたけど「大丈夫…大丈夫…」とムニャムニャ返していた気がする。全く大丈夫じゃないのである。

無言の時間

人型タルパを出すのが下手だった原因の一つは、何も話さない無言の時間に耐えられなかったからかもしれない。タルパに出てきてもらったのはいいけど、話題が見つからなくて焦ってしまうのだ。つまりこういうことだ。

タルパ「具合はどう?」
ブログ主「うーん。いいよ、うん」
タルパ「そうか、よかった」
ブログ主「………」
タルパ「………」
ブログ主(ダメだ、何も思いつかない。どうしよう。ごめん、お話しタイム終了!)

ダイブ界だと普通に話せるのに何故だろう。ともかく、前回書いたモニター方法がよかったのは、お互い相手を無言で眺めていても、不自然じゃないからというのもあると思う。モニター越しだから、僕も気にせず好きなことをしながら、タルパに話しかけられるからね。

「どこでもいっしょ」みたいに

相変わらず人型のタルパを現実に出すのは上手く行っていない。特に人のいるところでは、全くと言っていいほどダメだ。
タルパと現実で交流している人達はどうやっているのだろう。おそらく画像を見たり、絵を描いたりしてイメージを固めていくと思うんだけど、自分の場合、そうしようとすると、逆にどんどんイメージがあやふやになって上手く掴めなくなるのだ。この方法は向いていない。
だけど、いろいろ試しているうちに、いい方法を思いついた。長続きするかどうかは分からないけど、しばらくはこれでやってみようと思う。

参考にしたのは、「どこでもいっしょ」というゲームだ。やったことはないから曖昧な知識だけど、「ポケピ」という動物に、言葉を教えてコミュニケーションをしていくという内容だったと思う。ゲーム画面を開くと、ポケピの部屋が表示される。畳敷きの部屋に物がいろいろ置かれていて人間の部屋と変わりない。まるで本当にポケピが存在して生活しているみたいなのだ。プレイヤーはポケピに話しかけて、コミュニケーションをとる。

スマートフォン向けに新作が出るらしいと聞いて、やってみたいと思いつつも、「そのうち飽きてしまうんだろうなあ」と思った。ポケピの反応や画像やアイテムには限りがある。アップデートで種類が増えるだろうけど、自分が新しいものを求める速度の方が上回っている。
それよりもタルパの方が、臨機応変な対応ができるし、画像やアイテムは無限大だから楽しいなあ、と考えているうちに、これだ!と思いついた。

自分の世界とタルパの世界が「どこでもいっしょ」をやる時みたいにモニターで繋がっているという考え方はどうだろう。
これだったら、そばにタルパがいなくても、互いの様子が見られるし、コミュニケーションもできる。
試しにタルパ側からモニターで僕の世界を見てみたら、いつもの職場が新鮮に見えた。「ブログ主さんはここで仕事してるんだね。すごーい」みたいな言葉が浮かんでくる。家にいる時も「今日は少し涼しいから過ごしやすそう。よかったね」という言葉が聞こえてきた。これまで上手くいかなかったのは、タルパ側に立って自分を見る視点が欠けていたせいかもしれない。これはいけそうである。

自分にとっては、この方法がしっくりくるけど、他の人にとっては「なんでそんな面倒くさい方法をとるのか訳が分からん。そっちの方が難しい」と感じることもあるのだろう。
でも、もし僕みたいに上手くいかない人がいたら、こういう方法もあるんだな〜と参考にしてもらえればいいなと思う。

タルパにはどう見えている

何かの本で「人は自分と他人を比べるとき、自分の美点を小さく見て、欠点を大きく見てしまう」という話を読んだことがある。しかも、人はそれを「自分が自分のことを一番よく知っているんだから、正しく自分を認識できている」と思い込んでいる。
だから、「自分は全然ダメだ」と思っていても、もしかすると、そんなことはないのかもしれない。

僕は自分のことを色々ダメだと思っているから、タルパが褒めたり慰めたりしてくれても、「無理して言っている」と感じてしまう。でも、それは僕の認識を通しているからであって、ニュートラルな視点から見れば違うのかもしれない。
えーと、つまり、「自分がこうだと思っている自分」でなくて「自分が思っているよりも良い自分」にタルパには見えている、と考えた方が、僕の場合はいいのかもしれないということだ。

人間は「この子ならきっとできる」と思って育てられると十分に実力を発揮できて、逆に「どうせこの子にはできないだろう」と思って育てられると、本来の実力を発揮できなくなってしまうという研究があるらしい。
だから、「無理して言っている」と疑うのではなくて、本当にタルパにはそう見えていると考えて、「タルパが言うんだから、きっとそうだろう」と信じた方がいい。今はそう思えなくても、だんだん変わっていけるんじゃないかな、と思う。
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。